山根 和也:

研究活動支援のための論文添削システムの開発

 
 我々が日々行う研究活動とは, 複数の研究者や学生で構成される研究グループ内で, 各メンバーが様々なアクティビティをこなしていくものである. 研究活動のベースとなるのは, 研究テーマ設定, 関連研究調査, コンセプト整理, システム開発, システム評価, 研究成果公開といったアクティビティであり, これらのアクティビティを適切に促進することによりプロジェクトを完成させる一連の活動であると考えられる. 研究活動では, 研究グループに所属する研究者や学生が, 論文やプレゼンテーション資料といったフォーマルな情報だけでなく, 論文執筆過程における論文修正のコツや研究スケジュールの立て方などといったグループ特有のインフォーマルな情報を互いにやりとりしながら活動を行っている. しかしながら, 大学における研究グループでは, 学生の卒業・修了によってメンバーの構成が流動的に変化するため, 研究グループにおいて経験則を持った学生が少なくなるという問題がある. その反面, 研究者が持つ研究の進め方や研究グループの運営方針は長期間変化しないと考えられる. そのような状況で, 新たに研究グループに配属された学生にとって, 研究室独自の経験則を理解し, 実践することは容易なものではない. そこで本研究では, こうした問題を解決するために研究知と呼ぶ概念を用いる.
 研究知とは研究活動を行うために有益な情報である. インフォーマルな情報と研究知の違いは, 研究の過程そのものがインフォーマルな情報であるのに対し, そこから形を変えて取り出したノウハウ情報を研究知と捉える点である. 例えば, 難しい課題や問題を解決するために試行錯誤した過程こそが, インフォーマルな情報であり, その中には有益なアイデア等が含まれている. そのため, これらのインフォーマルな情報を蓄積してメンバー間で共有することが研究活動の生産性, 信頼性を高める上で重要となる. しかしながら, こうした数多く存在するインフォーマルな情報はフォーマルな情報とは異なり, 各メンバーに分散して存在し, 時々刻々できては消えていってしまうという問題がある. つまり, 研究グループの研究活動支援において, 新しく配属された学生に研究知を効果的に継承する方法が必要となっている. そこで, 本研究により設計・開発した論文執筆支援システム(以下, CommentManager)を使用して, これらのインフォーマルな情報の中から, 有益な情報である研究知を蓄積させ, 可視化することで, さらに洗練していく方法を提案する.
  CommentManagerは研究活動の中でも特に論文執筆を対象に特化した支援を行うことができるWebサービスとして実装を行った. この支援システムを論文執筆に特化させた理由は, 論文執筆が研究活動の中で頻繁に発生するアクティビティであることに加え, システム設計において利用者のイメージを明確化するための方法として用いられるペルソナ手法を研究活動に適用して分析した結果に基づいている. 一般に, 多くの学生は共通して自分が執筆している論文が研究グループの中で重要視されている様式などの条件を満たしているか否かを判断できないことがある. また, たとえ条件を満たしていないことに気づいたとしても, 往々にして自分の論文をどう修正してよいかわからないという問題もある. こうした問題に対し, CommentManagerはOB・OGが行ってきたコメントに対する修正前や修正後の文章を表示することにより, OB・OGが試行錯誤した過程を参照することが可能となり, 学生は従来失われていたインフォーマルな情報を参照しながら論文を執筆できる効果が期待できる.
  本システムの特徴は, 論文のバージョンによって分散して管理されているコメントを, まとめて管理することが可能な点にある. さらに, 従来のMicrosoft Wordなどでは実装されていない, 複数のワードファイルに付けられたコメントからキーワード検索を行う機能や, 重要度の高いコメントの抽出, 複数の学生に共通しているコメントの抽出などの機能を実装した. また, Webサービスであるため距離や時間の制約を越えて, 研究室メンバー全員がいつでもどこからでもCommentManagerを使うことで研究知であるノウハウ情報を共有することが可能となる.
 最後にCommentManagerを使用して, 筆者が執筆した過去の対外発表論文及び修士論文を用いてケーススタディを行った. 方法としては, 各論文のバージョン毎の変更前文章, 変更後文章, そして筆者がコメントされた全ての課題をどのように解決したのかをシステムに蓄積し, どのような研究知が抽出されるのかを調査した. その結果, 新配属学生の論文執筆過程の支援に役立つ研究知が27個抽出され, CommentManagerを使うことで効果的に研究知が蓄積できる可能性が示唆された. また, 実際に分析を行う中で, CommentManagerに必要とされる新たな機能も今後の課題として浮かび上がった.